岐阜県高山市には、朝の通勤前にうどんを食べる文化がある――。そんな話を取材先で聞いた。ご当地ラーメンが有名な高山で、うどんとは。しかも一杯のどんぶりでそばも同時に食べられるらしい。これは確かめねばと、現地に向かった。
名古屋駅から特急で約2時間半。歴史的な街並みの玄関口、JR高山駅の西口から10分ほど歩くと、「こう平うどん」の看板が目に入る。正式には「新井こう平製麺所」だが、地元ではこの名前で親しまれている。
朝は6時から営業する。駅前通りですら人通りがほとんどいないのに、店の前にはすでに10人ほどの客が開店を待つ。開店すると、客はさらに増え、店内は勢いよく麺をすする音でいっぱいだ。
「今日は少ないね。昼まで行列が切れないこともあるから」と新井浩平社長(83)。平日は地元客、休日は観光客を中心に、多いときは日に千人近くが訪れる。
さっそく名物をいただく。まずは店内に設置された券売機で、麺の量とトッピングの有無を選ぶ。麺は0・5玉(220円)から4玉(540円)まで0・5玉刻みで、トッピングは野菜やエビの入ったかき揚げの天ぷらと、固ゆで・半熟・生から選べる卵だけ。「うどんが主体。天ぷらの種類を多くして高い値段で売るのではなく、安い値段で市民の人に喜んでもらうのがうれしい」という新井さんの思いが込められている。
1・5玉に天ぷらと半熟卵をトッピングした。これで510円(消費増税などの影響で10月1日から値上げ予定)。発券されたら、カウンターへ。ここで、試しに「うどん1玉に、そば0・5玉」と言ってみる。すると、本当にうどんとそばが一緒に入ったどんぶりが手渡された。これを「まじり」と呼び、常連客が次々に注文していく。
新井さんは「両方食べたい人がいたからだろう。よく覚えていないけど、創業まもなくに自然と始まったんだね」。もちもちとしたうどんの食感とそばの香りが口の中で同時にあふれる。新鮮な感覚で、おいしい。つゆは濃いめ。しょうゆを入れる前のだしをポットで用意し、好みで自由に薄められるようにしているサービスもうれしい。
高山市内の製麺所での修業を経て、1955年に新井さんが前身の店を創業した。当初は麺の小売りが中心。自ら営業へ走り回り、観光客でにぎわった乗鞍岳の山荘や、市内のスーパー、病院などへも販売先を広げた。
そんな製麺所の傍らにテーブルを一つ置いて、その場で食べられるようにしたのが「うどん屋」の始まり。通勤前や昼休みの勤め人などを中心に客は増え続け、駐車場などの確保のために2010年に現在の場所に移った。今も、うどんやそばの他に中華麺なども手がけ、1玉60円から持ち帰りができる。
50年来の常連という地元の小学校職員、白田正一さん(65)は「出勤前に来られるのがいい。味は昔と変わらない、いや、ちょっとうまくなったかな」と言えば、新井さんが「こういう商売は味がぶれちゃいけない。鉄則やな」と返す。観光客には「おいしかった? また来てな」。
創業から60年以上たっても毎日店に立ち、常連はもちろん、新顔にも気さくに話しかける。この親しみやすさも店の魅力なのだ。
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【アクセス】岐阜県高山市岡本町3の105の8(0577・57・8383)。午前6時~午後2時半。水曜休み。(初見翔)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル